消費者=主婦?
「賢い主婦はスーパーで手前に並んでいる古い牛乳を買う」・・・日本新聞協会が募集した「新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞に選ばれた作品だそうです(中日新聞社社説による)。
発案者のおっしゃりたいことは分かります。スーパーでは買う側からみて手前に古い牛乳が並びます。賞味期限までに(いや、傷む前に、と表現したほうが妥当でしょうか)充分飲み切れる範囲内で、できるだけ古い牛乳を買ったほうが、社会全体の牛乳の廃棄量が少なくて済む、ということですね。私もその趣旨には賛成です。
でも、私はこの文を読んで、引っかかるものを感じてしまいました。今やいろんな生活者がいるはず。パックの牛乳とて、一家の主婦が買うとは限らない。なのに、投稿した人は「主婦」という言葉をわざわざ使っている。これって、「一家の大黒柱たる夫が稼ぎ、妻が主婦として生活を守る」というパターンの固定概念を拡大再生産させることになるんじゃないの?・・・私自身が「結婚せずにおこう」と思った独身者だけに、余計に気になります。
ジェンダーという言葉がいわれてだいぶ経ちます。生物学的特徴以外の「男らしさ」「女らしさ」のことを指します。生物学的特徴でないだけに、単なる社会の思い込みではないか、女性をはじめとする性差別につながっているのではないか、という指摘が、私が大学生だった1990年前後に既にいわれています。私も同じ疑問を持っています。
でも、当時から思っています。ジェンダーに対する思いに限らないことですが、変わっていく人はずいぶん変わっていきますけど、変わらない人は全く変わらないんだな、って。学問もマスコミも最先端しか追いかけず、追いかける先はたいてい都会にありますので、やむを得ない面もあるのですが。でも、物事を疑ってみることって、青年期に限らずとても大切なことだと思うんですけどね。おそらく今回の投稿者も、このあたりを全く考えずに投稿したのでしょう。考えない分だけ、パターンに沿わない人が生きづらくなる、ということに気づいていないのでしょうか。
日常生活でも何でも、物事がいかに多様であるかを踏まえながら過ごすだけで、どれだけ多くの差別が解消に向かうでしょうか。ぜひ一人でも多くの人に考えてほしいことです。
ついでにいえば、私が小学校で家庭科を習ったときよく耳にした「かしこい消費者」という言葉も、大学の頃に古いといわれました。生活者として受身の立場でしかないからだそうです。なるほど、アクションを起こす人もいますもんね。


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