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NHK時計

2006年12月15日 (金)

「かじか」の由来

 どうして私が「かじか」を名乗っているか、まだ書いてないですね。今回はその点をお話ししましょう。

 岐阜県出身の私は大卒ですが、大学時代に鳥取市におりました。鳥取市にはいま2つ大学がありますが、当時は1つしかなく(当時は山形県と並んで全国最下位でしたが、私の卒業と同時に山形県に2つ目の大学が出来、単独最下位になりました)、鳥取の大学を出た、というと、どの大学か特定されてしまいます。これが東京だとそうはいかないですね。

 私が鳥取市に来る前年、ふるさと岐阜県西美濃地方を離れるとき、以前ダムに沈むことが決まっていた徳山村からの全村離村が完了し、隣の藤橋村に編入されました(最近揖斐川町となる)。そして、私が鳥取県にいる間になってから、旧徳山村にいたカジカガエルが、このままではダムに水没する運命になってしまう、鳥取県三朝に移されることになりました。このことは双方のローカルニュースにはなりましたが、全国ネットのニュースには当然なりませんでした。

 私が鳥取県にいるときに、岐阜県しかも同じ西美濃からやってくるものがいるとは。しかも、ホームページには書いたのですが、私は鳥取県に来たのを機会に、地方を「地方」というくくりだけで見ず互いの違いを見出すべきだと思うようになり、卒論にまでした者です。それなら、カジカガエルを西美濃(岐阜県)と鳥取県との架け橋の象徴にしよう、と思い立ったのです。サラリーマンの転勤族なら地方どうし移動することはあるでしょうけど、県庁所在地レベルが多いでしょうし、「地方←→東京」軸に比べればはるかに少数派のはずです。

 地方は単なる情緒と自然との供給所でもなければ、単なるふるさとだけの存在でもありません。それだけではやってゆけないのです。殊に、ここ数年の政府の地方政策で、やってゆけない度が高くなっています。

 各地域に新たな視点を提供するために、都会だけでなく様々な地域をみていく必要があるのではないか・・・私は「かじか」にそんな思いも込めています。

2006年12月12日 (火)

「神戸」の紹介

 きょうは、私が育った町についてご案内しましょう。神戸といっても、あのルミナリエの神戸市でなく、岐阜県の神戸町(ごうどちょう)です。そうそう、断っておきますが、私は生まれてから社会人になってしばらくまで神戸町で住民登録されてますが、生まれた場所は愛知県の母の実家近くですので、「出身は?」と聞かれると岐阜県というべきか愛知県というべきか迷います。

 神戸町は岐阜県という単位でみると南西部にありますが、私の世代の感覚からすると、むしろ濃尾平野の北西の端近くといったほうが近いです。もともと美濃は文化が尾張に近いうえ、テレビやラジオの電波も名古屋と同じものが名古屋方面から届きますし、名古屋などの恩恵で過疎地でもないので、途中で県境があることのほうが不思議なくらいです。(平野を30分ちょっと走った一宮が別の県で、山奥へ2時間ほど入ったところにある父のふるさと郡上が岐阜県というのも感覚的には解せません。)面積はたった18平方キロ強、5キロ四方におさまります。人口は2万人ちょっとです。

 皆さんは社会科で最澄(伝教大師)という人を習ったと思います。この人は平安期に新しい仏教を開き比叡山延暦寺の開祖となった人ですが、この人が東のほうへ旅立ったときに、今でいう神戸町エリアの有力者と出会い、この地の多くが荘園(これも社会科で習いましたね)として延暦寺に寄進されると同時に、いろいろな寺社ができました。(初めのきっかけは何でも、この有力者・安八太夫安次(あんぱちだゆうやすつぐ)の娘が重病だったのが、最澄が祈ったら治ってしまったことによるそうです。)これら寺社の中で、特に延暦寺の滋賀県側のふもとにある日吉大社の系列・日吉神社の門前町として明治の初めまで栄えました。

 今でも神戸山王まつりという、松明に火を灯した人と計7つのみこしをかついだ人とが深夜などに走るという祭りが行われています。明治からつい最近までは4月13・14日に行われていましたが、今は5月3・4日に変更されています。この祭りと日吉神社は町のシンボルです。他に、関ヶ原の戦いの直前、家康が今の町内に入りかけたとき銃撃されたという噂が残っています(真偽は不明ですが、事実だったけど緘口令がしかれた可能性も)。

 でもふだんの神戸町はもっと静かです。・・・というか、1970年頃までは本当にのどかな農村でした。でも、私が物心つく直前くらいに、土地改良とモータリゼーション進行があって、住宅が数多く建設され、大垣や岐阜市の郊外として大発展しました。いえ、郊外ですので自然も都会よりはけっこう多かったんですけど、私の小さい頃はあちこちでコンクリート業者による田んぼでの砂利取りがあちこちで行われ、のどかというわけでもありませんでした。でも都会から来る人には「何もないところですね」といわれます。まさに、都会と過疎地との中間なんです。あと書道をおやりの方はご存知かもしれませんが、日比野五鳳氏の出身地でもあり、年に2回だけ計2週間開館する美術館があります。

 私の一家(まだ私が産まれるずっと前ですが)はひょんなことから、両親ともに見ず知らずの神戸町へやってきました。見知らぬ土地でだいぶ苦労したようです。それに一般家庭なのに電話を引いたのも4輪の車を買ったのも我が家が地区で最初。また、乳児の頃の遊び相手といえば、まだ住宅が出来てなくて、近所の一歳年上の子だけ。妙にウマがあっただけに、彼が最初に保育園に進んだときは取り残された気分でした。でももともと長男としてワガママに育った私は一人で遊び続け、次第に一人遊びしかできない子どもになっていくのです。これが私の「変わり者遍歴」の初めでしょうか。なお、これより約10年後に我が家は町内の別の場所へ引越したため、現在の実家はこことは別の場所にあります。

2006年12月10日 (日)

はじめまして

 みなさん、はじめまして! いえ、中には初めてでない人もおいでかと思いますが。

 実は私、別にホームページと別のブログとを持ってます(ホームページについてはリンク参照。別ブログはホームページ内にリンクあり)。しかしこの2つは、私の必要に応じて立ち上げたもので、かなり堅い内容となっております。このため、私が別の方々のブログで自分のホームページやブログのアドレスを残しても、他の方々にコメントなどをつけていただけづらい感じでした。中には「相互リンクをしたいのでアドレスをください」とおっしゃった方もおられるのに、それからだいぶ時間が経つのにまだリンクが貼られていないケースまでありました。わざわざ足を運んでくださったでしょうに、その方に申し訳ないです。

 そこで、遅ればせながら、別にブログを立ち上げることにしました。今までの特定の目的に沿ったブログではなく、軽い話題ももちろん含んだ、自分が思ったことを自由に書けるブログにすることと、私がいわゆる大学時代に「総合科学課程社会文化コース」に所属していたことから、「総合ブログ」と命名しました。

 カジュアルさとジャンルの広さがあればな、と思っています。どうぞよろしくお願い致します。

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